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執筆者の写真青木静香:Visual Artist

藤原定家『定家卿百番自歌合』原文

更新日:2019年2月25日


藤原定家卿:平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌人。文学者。『小倉百人一首』撰者。

藤原定家『定家卿百番自歌合』原文


健保四年二月、年来ノ愚詠二百首を撰出シ結番ス。

同五年六月、更ニ此ノ番ヲ破リ、少々之ヲ改ム。

同七年、密々天覧ヲ経、勅判ヲ申請ス。


一番 春

左 持 最勝四天王院障子

001 春日野にさくや梅が枝雪まより今は春べと若菜つみつつ​

​右   千五百番歌合

002 消なくに又やみ山をうづむらん若菜つむ野も淡雪ぞ降


二番

左 勝 仁和寺五十首

003 おほぞらは梅のにほひに霞つつくもりもはてぬ春の夜の月

右   院五十首

004 こころあてにわくともわかじ梅の花散りかふ里の春の淡雪


三番

左 持 院百首 初度

005 うちわたす遠方人はこたえねどにほひぞなのる野べの梅が枝

右   三宮十五首

006 飛鳥河遠き梅が枝にほふ夜はいたづらにやは春風の吹


四番

左   院百首 初度

007 花の香のかすめる月にあくがれて夢もさだかに見えぬ比かな

右 勝 私百首 文治五年

008 春の夜は月の桂もにほふ覧光に梅の色はまがひぬ


五番

左 持 内裏詩歌歌合

009 外山とてよそにも見えじ春のきる衣かたしき寝ての朝けは

右   仁和寺宮五十首

010 春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空


六番

左 持 或所歌合

011 里の海人のしほやき衣たちわかれなれしもしらぬ春の雁がね

右   院百首

012 花の色にひとはるまけよ帰雁今年こしぢの空だのめして


七番

左 持 花月百首 建久元年左大将家

013 桜花咲にし日よりよしの山空もひとつにかほる白雲

右   同上

014 霞立峰の桜のあさぼらけくれなゐくくる天の河浪


八番

左 持 院百首 初度

015 花の色をそれかとぞ思ふ乙女子が袖振山の春の曙

右   内裏詩歌歌合

016 桜がり霞の下に今日くれぬ一夜宿かせ春の山もり


九番

左 持 最勝四天王院障子

017 みよしのは花にうつろふ山なれば春さへみゆき故郷の空

右   千五百首番歌合

018 桜色の庭の春風跡もなしとはばぞ人の雪とだに見ん


十番

左 持 同上

019 桜花うつろふ春をあまたへて身さへふりぬる浅茅生の宿

右   仁和寺宮五十首

020 桜花うつりにけりなと許をなげきもあへずつもる春かな


十一番

左   花月百首

021 槙の戸は軒ばの花のかげなれば床も枕も春の曙

右 勝 内裏詩歌歌合

022 花の色のおられぬ水にさすさほの雫もにほふ宇治の河長


十二番

左 持 同上

023 名取河春の日数は顕て花にぞしづむせぜの埋木

右   同上

024 名もしるし峰のあらしも雪とふる山桜戸のあけぼのの空


十三番

左   千五百番歌合

025 花の香も風こそよもにさそふらめこころもしらぬ故郷の春

右 勝 私百首 文治五年

026 今日こずは庭にや春ののこらまし梢うつろふ花の下風


十四番

左 持 院詩歌合

027 網代木に桜こきまぜ行春のいさよふ浪をえやはとどむる

右   百廿八首 建久七年

028 あはれいかに霞も花もなれなれて雲しく谷に帰る鶯


十五番 夏

左   院五十首

029 桜色の袖もひとへにかはるまでうつりにけりな過る月日は

右 勝 最勝四天王院障子

030 ふみしだく安積の沼の夏草にかつみだれそふしのぶもぢずり


十六番

左 持 仁和寺宮五十首

031 たがためになくや五月の夕とて山郭公猶またるらむ

右   院五十首

032 五月雨の月はつれなきみ山より独もいづる郭公かな


十七番

左   院百首

033 いたづらに雲ゐる山の松の葉の時ぞともなき五月雨の空

右 勝 私百首 閑居百首ト号ス 文治三年

034 山里の軒端の梢雲こえてあまりな閉ぢそ五月雨の空


十八番

左 持 私百首 文治五年

035 玉桙の道行人のことづてもたえてほどふる五月雨の空

右   院庚申五首 健保五年四月

036 なきぬなりゆふつけ鳥のしだり尾のおのれにも似ぬよはのみじかさ


十九番

左   院百首 初度

037 片糸をよるよる峰にともす火にあはずは鹿の身をもかへじを

右 勝 千五百番

038 ひさかたのなかなる河のうかひ舟いかに契てやみを待覧


廿番

左 勝 最勝四天王院障子

039 蘆の屋のかりねの床のふしのまにみじかく明る夏の夜な夜な

右   仁和寺宮五十首

040 うちなびくしげみが下のさゆり葉のしられぬほどにかよふ秋風


廿一番

左 持 院百首 初度

041 いまはとて有明のかげの槙の戸にさすがにおしき六月の空

右   院百首

042 飛鳥河ゆくせの浪にみそぎしてはやくぞ年の半過ぬる


廿二番 秋

左 勝 最勝四天王院障子

043 秋とだに吹あへぬ風に色かはる生田の杜の露の下草

右   同上

044 須磨の海人のなれにし袖もしほたれぬ関吹こゆる秋の浦風


廿三番

左 持 内裏歌合

045 なをざりの小野の浅茅に置露も草葉にあまる秋の夕暮

右   水無瀬殿秋十首

046 浅茅生の小野の篠原うちなびき遠方人に秋風ぞ吹く


廿四番

左 持 最勝四天王院障子

047 うつりあへぬ花の千草にみだれつつ風の上なる宮城野の露

右   私百首 文治五年

048 散らば散れ露分ゆかん萩原やぬれての後の花の形見に


廿五番

左 勝 賀茂社歌合 元暦元年

049 しのべとやしらぬ昔の秋をへておなじ形見に残る月影

右   院五十首

050 秋をへて昔は遠き大空に我身ひとつのもとの月影


廿六番

左 勝 初学百首 養和元年

051 天の原おもへばかはる色もなし秋こそ月の光なりけれ

右   大輔百首 文治三年

052 いかにせむさらでうき世はなぐさまずたのみし月も涙をちけり


廿七番

左 持 述懐秋歌 建久八年

053 ながめつつおもひしことの数々にむなしき空の秋の夜の月

右   百廿八首

054 むかしだに猶故郷の秋の月しらず光の幾めぐりとも


廿八番

左 勝 花月百首

055 明ば又秋の半も過ぎぬべしかたぶく月のおしきのみかは

右   同上

056 幾里か露けきのべに宿かりし光ともなふ望月の駒


廿九番

左   千五百番

057 高砂の尾上の鹿の声たてし風よりかはる月の影かな

右 勝 仁和寺宮五十首

058 露さえて寝ぬ夜の月やつもる覧あらぬ浅茅の今朝の色哉


三十番

左   千五百番

059 独ぬる山鳥の尾のしだり尾に霜置まよふ床の月かげ

右   関白左大臣家百首 貞永

060 下荻もおきふし待の月の色に身を吹しほる床の秋かぜ


三十一番

左   院百番 初度

061 白妙の衣しでうつひびきより置まよふ霜の色にいづらむ

右 勝 千五百番

​062 秋とだにわすれむとおもふ月影をさもあやにくにうつ衣かな


三十二番

左 勝 二見百首

063 山賤の身のためにうつ衣ゆへ秋の哀を手にまかすらむ

右   後京極摂政家十首 建久六年大将ノ時

064 川風に夜わたる月のさむければ八十氏人も衣うつなり


三十三番

左   仁和寺宮五十首

065 秋風にそよぐ田の面のいねがてにまつ明方の初雁の声

右 勝 内裏百首名所題

066 伊駒山あらしも秋の色に吹手染の糸のよるぞかなしき


三十四番

左 勝 水無瀬殿十首

067 高砂の外にも秋は有ものを我ゆふぐれと鹿はなくなり

右   院百首 初度

068 思ひあへず秋ないそぎそ小男鹿のつまどふ山の小田の初霜


三十五番

左 持 千五百番歌合

069 さを鹿のふすや草村うらがれて下もあらはに秋風ぞ吹

右   水無瀬殿十首

070 ゆふづく日むかひの岡の薄紅葉まだきさびしき秋の色かな


三十六番

左 勝 関白左大臣家百首

071 時雨つつ袖だにほさぬ秋の日にさこそ三室の山はそむらめ

右   三宮十五首

072 久方の月の桂の下紅葉宿かる袖ぞ色にいでゆく


三十七番

左 持 院百首

073 契ありてうつろはむとや白菊の紅葉の下の花に咲けん

右   内裏詩歌合

074 ゆふづく日うつる木の葉や時雨にしさざ浪そむる秋の浦風


三十八番

左   花月

075 長月の月の有明の時雨ゆへ明日の紅葉の色もうらめし

右 勝 歌合百首 建久五年左大将家

076 時わかぬ浪さへ色に泉河ははそのもりにあらし吹らし


三十九番

左   内大臣家百首 健保三年

077 あさなあさなあへず散りしく葛の葉に置そふ霜の秋ぞすくなき

右 勝 内裏歌合

078 秋はいぬ夕日がくれの峰の松四方の木の葉の後もあひ見ん


四十番

左 持 二見百番

079 ただ今の野原ををのがものと見てこころづよくも帰る秋かな

右   千五百番

080 冬はただ飛鳥の里の旅枕おきてやいなむ秋の白露


四十一番 冬

左 持 初学百首

081 冬きては一夜二夜を玉ざさの葉分の霜の所せまきまで

右   二見

082 晴曇おなじながめのたのみだに時雨にたゆる遠の里人


四十二番

左   三宮十五首

083 神無月くれやすき日の色なれば霜の下葉に風もたまらず

右 勝 千五百番     

084 花すすき草のたもとも朽はてぬ馴てわかれし秋をこふとて


四十三番

左 勝 二見

085 朝夕の音は時雨のならしばにいつ降りかはる霰なるらん

右   閑居百首

086 霰降しづがささ屋のそよさらに一夜ばかりの夢をやは見る


四十四番

左 勝 三宮十五首

087 信楽の外山の霰ふりすさみあれゆく冬の雲の色かな

右   院百首 初度

088 山賤の朝けのこやにたく柴のしばしと見れば暮るる空かな


四十五番

左   大輔百首

089 旅寝する夢路はたえぬ須磨の関通ふちどりの暁の声

右 勝 千五百番

090 なくちどり袖の湊を訪ひかこし唐舟もよるの寝ざめに


四十六番

左 勝 閑居

091 浦風やとはに浪こす浜松のねにあらはれてなくちどりかな

右   最勝四天王院障子

092 志賀の浦や氷もいくえゐるたづの霜の上毛に雪は降つつ


四十七番

左 持 院百首 初度

093 駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮

右   後京極摂政家雪十首 文治五大納言ノ時

094 待人の麓の道やたえぬ覧軒ばの杉に雪をもるなり


四十八番

左 持 同家歌合 建久七年

095 雪折の竹の下道跡もなし荒れにしのちの深草の里

右   内大臣家百首 健保三年

096 大伴の御津の浜風吹はらへ松とも見えじうづむ白雪


四十九番

左 持 院五十首

097 神さびていはふ御室の年ふりて猶ゆふかくる松の白雪

右   院百首 初度

098 ながめやる衣手さむく降雪にゆふやみしらぬ山の端の月


五十番

左 勝 最勝四天王院

099 お泊瀬や峰のときは木吹しほり嵐にくもる雪の山本

右   院百首 初度

100 白妙にたなびく雲を吹まぜて雪にあまぎる峰の松風


五十一番 恋

左 持 歌合百首

101 なびかじな海人のもしほ火たきそめて煙は空にくゆりわぶとも

右   院句題五十首

102 しられじな千入の木の葉こがるとも時雨るる雲に色し見えねば


五十二番

左 勝 院百首 初度

103 松が根をいそべの浪のうつたえにあらはれぬべき袖の上かな

右   院百首

104 初雁のとわたる風のたよりにもあらぬ思ひを誰につたへん


五十三番

左 持 院百首 初度

105 久方のあまてる神のゆふかづらかけて幾世を恋わたるらん

右   三宮十五首

106 露時雨下草かけてもる山の色かずならぬ袖を見せばや


五十四番

左 勝 私百首 文治五年

107 名取河いかにせむともまだしらずおもへば人を恨つるかな

右   同上

108 逢ひ見てののちの心を先しればつれなしとだにえこそ恨ね


五十五番

左 勝 歌合百首

109 年もへぬ祈る契は初瀬山をのへの鐘のよその夕暮

右   同上

110 おもかげはおしへし宿にさきだちてこたへぬ風の松に吹声


五十六番

左 持 内大臣家百首 健保

111 世とともに吹上の浜のしほ風になびく真砂のくだけてぞ思ふ

右   同上

112 住の江の松のねたくやよる浪のよるとはなげき夢をだに見で


五十七番

左 持 同上

113 くるる夜は衛士のたく火をそれと見よ室の八島も都ならねば

右   同上

114 蘆の屋に蛍やまがふ海人やたく思ひも恋も夜はもえつつ


五十八番

左 勝 関白左大臣家百首

​115 うへしげる垣根がくれの小篠原しられぬ恋はうきふしもなし

右   同上

116 夜な夜なの月も涙にくもりにき影だに見せぬ人をこふとて


五十九番

左   内大臣家百首

117 我袖にむなしき浪はかけそめつ契もしらぬ床の浦風

右   同上

118 白玉の緒断の橋の名もつらしくだけておつる袖の涙に


六十番

左 持 庚申五首

119 こひ死なぬ身のおこたりぞ年へぬるあらばあふよの心づよさに

右   内裏歌合

120 あふことはしのぶの衣あはれなどまれなる色に乱そめけん


六十一番

左 持 関白左大臣家百首

121 今のまの我身にかぎる鳥のねを誰うきものと帰りそめけん

右   歌合百首

122 忘れずはなれし袖もや氷覧ねぬ夜の床の霜の小莚


六十二番

左 持 同上

123 忘れじのちぎりうらむる故郷の心もしらぬ松虫の声

右   内裏歌合

124 こぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くやもしほの身もこがれつつ


六十三番

左 持 無題

125 たれもこのあはれみじかき玉の緒に乱れてものを思はずもがな

右   同上

126 いかがせむありしわかれを限にて此世ながらの心かはらば


六十四番

左 持 一字百首 建久元年

127 うつろはぬ色をかぎりに三室山時雨もしらぬ世を頼むかな

右   千五百首

128 消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの杜の下露


六十五番

左 持 二見

129 あぢきなくつらきあらしの声もうしなど夕暮に待ならひけん

右   閑居

130 帰るさのものとや人のながむ覧待夜ながらの有明の月


六十六番

左   千五百番

131 おもかげは馴しながらの身にそひてあらぬ心の誰契覧

右 勝 恋身ヲ離レズ

132 心をばつらきものとて別れにし世世のおもかげ何したふらん


六十七番

左 勝 千五百番

133 思ひいでよ誰がきぬぎぬの暁も我またしのぶ月ぞ見ゆ覧

右   同上

134 久方の月ぞかはらで待たれける人には言ひし山の端の空


六十八番

左 勝 院百首

135 夜もすがら月にうれえてねをぞなく命にむかふ物思ふとて

右   同百首 初度

136 待つ人のこぬ夜のかげに面なれて山の端出る月もうらめし


六十九番

左   住吉社歌合

137 やどりせしかりほの萩の露ばかり消えなで袖の色に恋つつ

右 勝 院廿首 建暦二年

138 ちぎりおきし末のはら野のもと柏それともしらじよその霜枯


七十番

左   千五百番

139 あふことのまれなる色やあらはれん洩り出で染る袖の涙に

右 勝 院二十首

140 なく涙やしほの衣それながら馴ずは何の色かしのばむ


七十一番

左   千五百番

141 かれぬるはさぞなためしとながめてもなぐさまなくに霜の下草

右 勝 院廿首

142 秋の色にさてもかれなで蘆辺こぐ棚なし小舟我ぞつれなき


七十二番

左 持 伊呂波四十七首

143 せめておもふ今一度のあふことは渡らん河や契なるべき

右   無題

144 かきやりしその黒髪のすぢごとにうち臥すほどは面影ぞたつ


七十三番

左 持 同上

145 さぞなげく恋をするのが宇津の山うつつの夢のまたし見えねば

右   一字百首

146 はまゆふやかさなる山の幾重ともいさしら雲のそこの面影


七十四番

左 勝 和歌所 忘ラ被ル恋

147 むせぶともしらじな心かはら屋に我のみ消たぬ下の煙は

右   同所 月ノ前ノ恋

148 松山とちぎりし人はつれなくて袖越す浪にやどる月影


七十五番

左   内大臣家百首

149 たのめおきし後瀬の山の一ことや恋を祈りの命なりける

右   同上

150 形見こそあだの大野の萩の露うつろふ色はいふかひもなし


七十六番

左 勝 同上

151 袖の浦かりにやどりし月草のぬれてののちを猶やたのまん

右   関白大臣家百首

152 はるかなる人の心のもろこしはさはぐ湊にことづてもなし


七十七番

左   内大臣家百首

153 忘貝それも思ひのたねたえて人をみぬめのうらみてぞぬる

右 勝 同上

154 忘られぬ真間の継橋おもひ寝に通し方は夢に見えつつ


七十八番

左 持 千五百番

155 たづね見るつらき心の奥の海よ潮干のかたのいふかひもなし

右   内裏名所百首

156 あだなみの高師の浜のそなれ松馴ずはかけて我恋めやも


七十九番

左   無題

157 心からあくがれそめし花の香になを物思ふ春の曙

右 勝 水無瀬殿恋十五首

158 白妙の袖のわかれに露落て身にしむ色の秋風ぞ吹


八十番

左 持 大輔百首

159 須磨の海人の袖に吹こす塩風のなるとはすれど手にもたまらず

右   内大臣家百首

160 やすらひに出でける方も白鳥の飛羽山松のねにのみぞなく


八十一番 雑

左   千五百番

161 おほかたの月もつれなき鐘の音に猶うらめしき有明の空

右 勝 北野聖廟ニ於テ之ヲ詠ム

162 下もゆるなげきの煙空に見よ今も野山の秋の夕暮


八十二番

左 持 千五百番

163 いく世へぬかざし折けんいにしへに三輪の檜原の苔の通路

右   十題百首

164 見ずしらずうづもれぬ名の跡やこれたなびき渡る夕暮の雲


八十三番

左 持 同上

165 出でてこし道のささ原しげりあひて誰ながむ覧故郷の月

右   仁和寺宮五十首

166 わくらばにとはれし人も昔にてそれより庭の跡はたえにき


八十四番

左 勝 和歌所歌合

167 もしほ汲袖の月かげをのづからよそにあかさぬ須磨の浦人

右   院句題五十首

168 虫明の松としらせよ袖の上にしぼりしままの波の月かげ


八十五番

左 勝 二見百首

169 忘るなよやどるたもとは変るともかたみにしぼる袖の月かげ

右   初学

170 わかれても心へだつな旅衣幾えかさなる山路なりとも


八十六番

左 持 左大臣家歌合 正治二年

171 忘れなむ松となつげそ中中に因幡の山の峰の秋風

右   同家歌合

172 いづくにかこよひは宿をかり衣日もゆふぐれの峰の嵐に


八十七番

左 持 仁和寺五十首

173 こととへよ思ひおきつの浜千鳥なくなくいでし跡の月影

右   内裏名所百首

174 関の戸をさそひし人は出でやらで有明の月のさやの中山


八十八番

左 持 関白家百首

175 都出でてあさたつ山の手向より露置とめぬ秋風ぞ吹

右   百廿八首

176 旅人の袖吹かへす秋風に夕日さびしき山の梯


八十九番

左 持 閑居

177 世の中を思ふ軒ばの忍草いく代の宿と荒れかはてなん

右   先妣ノ旧宅ニ於テ之ヲ詠ム

178 たまゆらの露も涙もとどまらずなき人こふる宿の秋風


九十番

左 持 建久四年九月尽詠

179 見し人のなき数まさる秋の暮わかれ馴たる心地こそせね

右   建永二年春

180 たのまれぬ夢てふもののうき世には恋しき人のえやは見えける


九十一番

左 持 百廿八首

181 あらし吹月の主は我ひとり花こそ宿と人も尋ぬれ

右   同上

182 うきよりは住みよかりけりと許よ跡なき霜に杉たてる庭


九十二番

左   栗田宮歌合 時ニ于官ヲ罷ム

183 和歌の浦やなぎたる朝のみをつくし朽ちねかひなき名だに残らで

右 勝 同上

184 思ひかね我夕暮の秋の日に三笠の山はさしはなれにき


九十三番

左 勝 同ジ比之ヲ詠ム

185 なきかげの親のいさめはそむきにき子を思ふ道の心よはさに

右   百廿八番

186 つゐに又いかにうき名のとどまらむ心ひとつの世をば慙づれど


九十四番

左   和歌所述懐

187 君が世にあはずは何を玉の緒のながくとまではおしまれじ身を

右 勝 院二十首 時ニ于建暦二年

188 思ふことむなしき夢の半天にたゆともたゆなつらき玉の緒


九十五番

左   内裏詩歌合

189 踏迷ふ山梨の花道たえて行さきふかきやへの白雲

右 勝 同上

190 はし鷹のとかへる山路超かねてつれなき色の限をぞ見る


九十六番

左 持 内大臣家百首

191 海渡る浦こぐ舟のいたづらに磯路を過てぬれし浪かな

右   同上

192 あれまくや伏見の里の出がてにうきをしらでぞ今日にあひぬる


九十七番

左   最勝四天王院障子

193 大井河まれの御幸に年へぬる紅葉のふなぢ跡は有けり

右 勝 同上

194 たらちめや又もろこしに松浦舟今年もくれぬ心づくしに


九十八番

左   納言ニ加ヘ任ジ外記庁ニ参ル

195 おさまれる民のつかさのみつき物ふたたびきくも命なりけり

右 勝 関白家百首

196 百敷のとのへをいづる夜ひ夜ひは待たぬにむかふ山の端の月


九十九番

左 持 千五百番

197 我道をまもらば君をまもる覧よはひはゆづれ住吉の松

右   伊勢外宮ニ参ル

198 契ありて今日宮河のゆふかづらながき世までにかけてたのまむ


百番

左 持 住吉社歌合

199 我君の常盤のかげは秋もあらじ月の桂の千代にあふとも

右   入内屏風

200 散もせじ衣にすれるささ竹の大宮人のかざす桜は



定家卿自筆之本ヲ以テ之ヲ写ス

天正二年正月廿九日

勅本ヲ以テ之ヲ校合シ畢ンス

元和四年夷則初六日


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