藤原定家「定家卿百番自歌合」現代語訳
001
春日野では梅の枝に花が咲いているよ。立春の今日、もう春がきたのだと、人々は白梅のように白い雪の間から萌え出た若菜の緑色をつんでいる。
002
雪はまだ積もったままである。春風は雪を溶かしきってはいないのに、これではさらに深山は雪にうずまってしまったことだろう。この野辺にも淡雪が音もなく降り、若菜を摘みにきた都人の声を隠している。
003
早春、春の訪れを告げる梅は咲き誇り、気品ある香りは夜になってもあたりに満ちている。春霞にぼんやりとけむる夜空も、梅の香気をたっぷりと含み、色っぽくうるんで見える。女王のように光り輝く春の夜の月よ。朧な筋の切れ目から、地上に降り注ぐあなたのお姿を一目見ようと、私は夜が果てるのも忘れて目を凝らしていることです。
004
心にうかんだままにあてずっぽうで見分けようとしても見分けがつかない。やわらかな春風にのって白梅のはなびらがはらはらと散る里に、春の淡雪が降りまじっているよ。
005
遠すぎて、みわたす向こうにいらっしゃる遠方人に問いかけた私の声は聞こえなかったようだ。だけど、春風がこちらに運んだ美しい香りをかいだ瞬間わかったよ。遠方人が手にする白い花は、野辺に咲いた白梅のたわわに咲いた一枝なのだと。
006
闇の中、遠く飛鳥河の里に咲く梅の香りにつつまれたこんな夜には、春風の心を知ったような気がします。むやみやたらに吹いては花をちらしてしまう徒なものだとおもっていたけれど。
007
馥郁たる花の香をまとっておぼろにかがやく月のうつくしさに、私はすっかり魅入られてしまったようです。魂が抜けかかっているのか、このごろは夢すらはっきりとみることもできなくなってしまいました。
008
春の夜は、遠く月の中の桂までも匂いたつのでしょう。よりいっそう照り映える月光をうけて、地上のあらゆるものは純白に輝き、梅花を取り違えてしまいました。
009
外山(里近い山)だからといって、よそから見えることもないでしょう。春の着る衣、霞の衣を片敷いて寝た次の朝明け時の姿は。
010
春の夜の夢に架けられた浮橋がふつりと途切れて、めのまえに写るのは、峰と別れてゆくようにたなびいている横雲の空。「夢の浮橋」で、あやうい夢の中の逢瀬。源氏物語の幻想とその終末を暗示します。「横雲の空」で、朝雲暮雨の別れを惜しむ神女の妖艶な姿を連想させます。(「私は巫山の南の、険しい峰の頂に住んでおります。朝は雲となり、夕べは雨となり、朝な夕な、この楼台のもとに参るでしょう」楚の懐王が昼寝をしているとき夢の中にあらわれたという巫山神女の伝承より。)
011
里の海人の塩焼き衣が彼らの日焼けした肌に美しく調和するように、海辺の風景になれ親しんでいたのもしらずに調和から立ち別れていく春の帰る雁たち。
012
このひと春だけ花の色にほだされて留まってはくれないか、帰る雁よ。今年は越路の人に空しくあてにさせておくことにして。(「来し路」と「越路」の掛詞。「空」に空約束の意味を重ねる。)
013
桜の咲きそめた日から、吉野山は花も緑も空までもがひとつになって、ゆったりとたなびく白雲は春の色に薫っている。
014
霞たつ峰に咲く山桜は、朝ぼらけのなか、まるで紅色をくぐりぬけてゆく天の河の白浪のようです。
015
日は金に輝き、蜜の芳香のなかで目覚めた春は、鮮やかな枝をゆったりと風にそよがせている。振袖山の桜よ、その名のとおり、あなた達は天つ乙女が袖を振り舞うお姿なのでしょう。
016
桜の美しさを追いかけて野を駆けていたら、すっかり花霞の日は暮れてしまった。それでも私はまだ物足りなく、夢の中でもとおもうので、今夜はここで一晩、宿をかしておくれ。春の山守よ。
017
み吉野は花につれて移ろう山だから、まだ花の咲かない旧き里の空には、春になった今もなお深雪が降っている。
018
春風は散る花で一面を桜色にして、庭には足跡ひとつない。尋ねてきてはじめて、雪がふったのかと人は見もしようものを。本歌「今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや」(古今集・春上・在原業平、伊勢物語十七段)に問答した歌。
019
桜花が咲いては移ろう春の感動を幾度もすごして、いまやこの身まですっかり年老いてしまった。白い綿毛が白髪を連想させる浅茅生のすみかで。
020
あなたのおっしゃる「桜花の色はもう移ろってしまったよ」というだけのひとつの嘆きも尽くさぬままにまた新しい春は来て咲きほこり、散り乱れ、そうして幾年も幾年も喜びと嘆きが積み重なったものが春なのでしょう。本歌「花の色はうつりにけりないたづらにわが身よにふるながめせしまに」(古今集・春下・小野小町)
021
私の寝起きする宿の槙の戸は、軒端に咲く花の陰にあるので、開けはなつと、臥す床も枕も花に映えて美しく見えます。春の曙の祝福のようなやさしい光につつまれて。たとえあなたが訪れぬまま迎えたさびしい夜明けだったとしても。
022
磨いたようにひかる水面には、地上の春がその色を映しこみ、手折って我が床に連れて帰ることのできない鏡の桜に、船頭は舟を進めてとろとろと水面をきる。棹をさしいれこぐたびにはぜる雫のひとつぶひとつぶにも、春はその姿を映し、香る、宇治河よ。
023
春に染まった名取河のお顔をみれば、その日数の深さはさながら人々に知られてしまうものでしょう。河の流れが右に左と立ち寄っては連れ去った瀬々の埋もれ木は、春風が水面に散り敷いた桜吹雪の底で眠っています。
024
その山の名が示すように、峰から吹き降ろす風は視界を吹雪のように白く閉ざし、この嵐はやみそうにありませんでしたが、夜明けとなって、閉ざした戸を開けると、うらうらと春の光が一面にそそぎ、草木のふちにのこる雫は静かに輝いていました。振り返って粗末な庵をみれば、戸に桜の花弁が張りついていて、昨日の嵐の描いた屏風絵の大胆さがなんとも爽快な、曙の空。
025
この風は賑やかな花の色も香りも、次から次へ、四方に誘うのだろう。昔のままのふるさとの春を、ひとりさびしく過ごす私の心もしらずに。
026
もし今日を逃して来ることができなかったら、この移り気な庭に春の気分は残っていただろうか。早くも風はすぎぬけて、梢の花をはらはらと散らしている。
027
網代木に桜の色をこきまぜながら、よせてはかえる浪に誘われたのか、かわいい春のかけらはどんどん遠くへ流れていってしまう。この浪をとめることなどできるのだろうか。
028
ああ、どれだけ霞も花もお前を愛し、戯れ、馴れ親しんでいたことか。お前は知っているのか、帰る鶯よ。おまえのいく先は、谷に雲が白くけぶって、見送りすらできない。
029
私とともに春をながめ、雫を受けとめてくれた袖は桜色にそまった。その愛着ある、分身のような春の衣を、更衣の今日、夏の一重に脱ぎかえるまでに、世の中はうつりかわってしまったのだな。過ぎさる月日の早さよ。
030
踏みしだく安積の沼に群生する夏草に、花かつみが乱れまじり、その上に信夫もじ摺りの模様の乱れが重なり合う。あなたへ恋こがれる私の心は乱れに乱れ、うっそうと生い茂る夏草にからみつき、ついに私の足は踏めぬ沼地を踏み、底に沈んで、もう抜け出すことすらできないのです。
031
誰のために鳴くのか、浮気な山ホトトギスよ。五月の夕べだからというので、なおも、おまえの訪れを待ちわびている私がいる。
032
幾夜も五月雨は降り続き、あつくはった雲の奥に月はかくれたまま出ようとはしない。つれない月を深山に置いて、ホトトギスはひとり、この里にやってきた。さあ、私の庭においでなさい。おまえの孤独を慰めてあげよう。
033
ただむなしく雲が垂れこめる松の葉に、いつ止むともなく降りそそいでいる五月雨の、空の景色。松のするどい葉に雨粒の砕け散る音だけが、さめざめと頭上でこだまする、山の中で。
034
山里の楢の軒端にのびる梢の向こうを、雲がこえていく。侘び住まいをこの上さらに閉じ込めないでおくれ、五月雨の雲よ。
035
道行き人に託したあのひとからの伝言も、いまではすっかり途絶えてしまいました。雲はどんよりとたちこめ、八方塞の空からは五月雨がしくしく降り続いています。
036
鳴き声がする。夜の終わりをけたたましく告げる木綿付け鳥の声が。おまえの尾は長く優雅な姿をしているというのに。となりで眠る恋人の安らかな寝息を、まだおこさないでおくれ。なんと夜の短いことか。
037
互いの縁をひきむすぶ片糸をたぐって縒りあわせるように、夜毎峰でともす狩りの照射の火に出会わないでいたら、あわれな鹿は命を落とすこともなかっただろうものを。さあ、では、あなたと私との縁はどうだろうか。(「夢野の鹿」伝説を連想させる和歌です。昔、夢野(現在:神戸市)に夫婦の鹿がおり、夫の鹿には淡路の野島に妾の鹿がいて、夢野と野島を海を泳いで行き来していました。夫はある夜、妻のいる夢野で眠っているときに、自分の背に雪が降り、すすきが生える夢を見ました。妻はこの夢を夫が人間に射殺される前兆の夢だと占って、野島には行かないでくれとひきとめました。しかし、夫は妾の鹿恋しさにたまらず野島へ泳ぎ向かい、その途中の海で船人に射殺されてしまいました。というもの。)
038
月の中にあるという桂にその名を因む桂河。その桂河を漁場にする鵜飼は、どのような前世からの約束ゆえに、いちずに暗闇を待っては、罪深き仕事に袖を濡らすのか。
039
芦屋の里の蘆を刈り、仮寝の床をこしらえて、ほんのつかの間、節の間のように短い時間を伏したかと思えばすぐに明ける夏の夜。そんな夜を幾世も重ねています。
040
緑濃い夏草の茂みの下にまじって咲く小百合葉が、人知れずうちなびいている。気づかぬほどかすかに、はやくも秋の風は吹き通っている。(あなたへの恋心はひっそりと、きづかぬほどにちいさく、しかしたしかにこの私の胸に。)
041
もう夏は終わりだと別れを告げるように有明の月の光が槙の戸に射しこんでいる。やはり名残惜しい水無月の空。
042
飛鳥河の流れゆく瀬の浪に、夏越祓の禊をして、あらためておどろく。早くも一年の半ばは過ぎ去ってしまったのだと。
043
もう秋なのだとまだはっきりとは吹きかねている風に触れて、早くも色が変わっているよ。生田の杜の露に濡れた下草は。
044
須磨の浦人の日ごろ潮に濡れ馴れた袖も、折から涙でさらにしおたれてしまう。関を吹き越える秋の浦風がひどく物哀しいので。
045
浅茅生の小野の篠原はみなそろってうちなびき、地上の草木をなでる秋風は、旅行く人々の裾をひるがえす。
047
色が映りきれないほど群がり咲く花の千草と乱れあいながら、ゆれる風の上で、いまにもこぼれ落ちそうな宮城野の露よ。
048
散るならば散ってしまえ。私はおそれずまっすぐに萩原の露を分けて行こう。私の袖が濡れて、のちに色はうつろおうとも、萩の花摺りはのこるだろう。それを花の形見とするために。
049
はるかな昔を偲べと言わんばかりに、私のしらない昔を経て、けして衰えることもなく、古人の見つめた月が月のまま形見のように、秋の夜空に残されています。
050
いくつもの秋をこえて、なつかしさは遥か彼方にある。目ではこんなにもはっきりと見え、月光のやわらかさすら肌で感じとることができるのに、もうあの方はここにはいない。私ひとりはもとのまま、また昔と同じこの秋を迎え、半身を欠いた月影を足元に縫いつけている。
051
仰ぎ見る天の原は、思えば秋に咲く星の色などないのです。しかし、月の光こそはまぎれもなく秋の色に輝いています。
052
どうすればいいのでしょうか。それでなくとも憂き世はかなしいことばかりで、物思いに疲れたこの心を癒そうと月を仰ぎ見たのに、涙がとまりません。
053
ぼんやりと月を眺めていると、心に数々のことが浮かんでは消えていきます。これらは私を悩ませてはきましたが、すべてはくだらないことなのだと、気づきました。空には空しく秋の夜の月が浮かんでいます。
054
古の御世のときからでさえ、そのように振舞ってきたのでしょう。旧都を照らす秋の月よ。あなたはいったい幾つの夜をこえ、めぐり、この忘れ去られた故郷に慈愛を注ぎつづけてきたのでしょうか。
055
一年に一度、十五夜の夜。この美しい月が西に沈めば、また今年も秋の半分は過ぎてしまったことになります。夜明けは刻々とせまり、天を見つめる私は切ないきもちでいっぱいです。これは西へ傾いていく今夜の月だけが惜しいというのではありません。
056
いくつの里をたどり、露に満ちた野辺の底で夜をあかしてきたのだろうか。はるばる都へやってきたこの望月の馬は。つややかな毛なみは名月をふくんだように輝いてみえる。
057
高砂の尾上の鹿の鳴く声がたてた切ない風につられて、ますます秋の輝きを増していく月であるよ。
058
露は冴え冴えと反射し、さながら眠れぬ夜の月が積もったのでしょう。今朝の浅茅の色は目を疑うほどの変わりようです。
059
ひとり眠る山鳥のしだり尾のように長くさみしい夜。恋人がすっかりお訪れなくなってしまった私の床は、月影にさらされて霜に見間違うほど白く凍てついています。
060
下萩も起き臥す、夜深くにやっとのぼってくる臥し待ち月を待っている。月の色は静まり返り、恋人の訪れる気配のない私を哀しくさせる秋風が床を吹き抜けていく。
061
白妙の衣をしきりにうつ切ない砧の音が響いている。そのためか、この野辺は一面が霜に見間違えるほどに、ひときわ白く、色にさびしさがあらわれている。
062
秋のせいだからといって、この憂鬱な気持ちをわすれようと思って眺めていた月の光なのに、折りしも悪く、女が愛する男を思いながらうつという砧の音が響いてきて、どうしてもこの景色から秋の物悲しさを忘れ去ることができない。
063
妻のいない山賤のうつ砧は、わが身ひとりだけのために打ち付けているのだから、その音が響くたび、みずからの手のひらに、思うがまま秋の哀しみを感じているのだろう。
064
河風につられて夜空をわらる月影が寒いので、宇治の里人も促されて衣を打つようです。砧の音が凍てつく夜風とともに響きわたっています。
065
実り多く頭を垂れた稲穂は、秋風と一緒にさあさあとそよいでいます。私は床にもぐりこんだまま眠れずに、あなたが訪れてくださるのを待ち続けていたら、とうとう夜明けを告げるかのような初雁の声が聞こえてきました。冬がはじまろうとしている。
066
伊駒山の嵐は、紅葉を吹きあらしている。暴風雨の叫びは、まるで紅葉を手染めして美しい錦を織るといわれている秋の女神・竜田姫が心を乱しながら糸をよりあわせ、訪れぬ恋人をひとり待つ彼女のさびしい夜を連想させて、かなしい。
067
高砂のほかにも、いたるところに秋は有るというのに、このさびしい夕暮れは私のものといわんばかりに、妻を恋しがる鹿が切なげに鳴いている。
068
美しくさびしい秋よ。思いを尽くさぬ内に、急いで過ぎ去ろうとしないでおくれ。小男鹿が妻を恋しがって鳴く声が響く小田の山中には、早くも冬を告げる霜がおりている。
069
小男鹿の臥し起きする寝床の草むらは、端から徐々に枯れはじめ、錦のような千草の、草葉の下葉をあらわにすうような秋風が冷たく吹き抜けていく。
070
夕日のさしこむ向こう側の丘は薄い紅葉の景色で、早々と物悲しい秋の色をこちらに見せています。
071
幾度もしぐれて袖を乾かすひまさえない秋の日ですから、さぞかし三室の山では紅葉が色濃く染め上げているのでしょう。
072
ここは月の中にある桂の木の影のうちなのだろうか。月光のもと、紅葉した千草に旅枕を結んで宿をかりた私の袖は、紅の涙が照り映えて、ますますさびしさは高まって、色を濃くしていく。
081
冬がきて、まだ一晩か二晩か、それだけなのに玉笹の葉を分けて下葉にまで置く霜は溢れんばかりだ。
082
晴れては曇る空。私と同じように眺めていてほしいという頼みさえも、降り始めた時雨のために途絶えてしまう。遠い里のあの人を思う。
083
十月の早く暮れてしまう夕日の色だから、霜のおいた下葉に風は留まることなく吹き抜けていく。
084
ハナススキの草の袂も今は朽ち果ててしまった。馴れて、末には別れた秋を恋しがって流す涙のために。
085
朝夕と聞く音は時雨ばかりだった楢柴の住みかに、いつ降りかわったのだろうか、霰の音が聞こえる。冬は確実に深まりつつあるのだな。
086
霰が降る賤の山人の粗末な笹屋に、そうでしょうとも、さらさらと笹の葉音のごとく簡単に、一晩でさえ夢見るほどに眠れるでしょうか
087
信楽の外山には霰が盛んに降って、いよいよ荒れてゆく冬の雲の色よ。
088
山賤が朝明け方に小屋で焚く柴を、少しの間ぼんやり見つめていたら、知らぬ間に日暮れとなってしまう、日の短い冬の空よ。
089
旅寝に見えた夢路は途絶えてしまった。ここは須磨の関、聞こえてくるのは通い来る千鳥が暁に向かって鳴く哀しい声ばかり。
090
鳴く千鳥よ。どうか訪ねて来ておくれ。唐土の渡る船にも寄るという、夜の寝覚めに泣く私の涙で溢れた袖の湊を。
091
浦風が吹いて、浪は永遠に浜松の常盤の緑を越して打ち寄せる。その松の根があらわれるように、声にだして泣く千鳥よ。
092
志賀の浦に、氷は幾重張っていることだろう。その氷の上にいる鶴の、霜の置いた白い上毛に雪が降り重なっている。
093
駒をとめて、積もった袖の雪を払うような物陰も見当たらない。佐野のわたりの、雪につつまれた夕暮れ時。
本歌「苦しくも降り来る雨か神(みわ)の崎狭野の渡りに家もあらなくに」(万葉集三・長奥麿)
094
私の待つあの人がたどって来る麓の道は、もう雪に埋もれて途絶えてしまっただろうか。この軒端の杉に雪は一段と重く積もってゆくようだ。
095
雪折れの竹の下道には、かつて通った人の足跡ひとつとてない。荒れてしまったのち、誰も訪れないさびしい深草の里よ。
096
大伴の御津の浜風よ。浜松に積もった雪を吹き払っておくれ。白雪が埋め尽くしていて、松なのだとも見えないだろうから。唐土から来朝する人々も、こちらでひたすら待っているとは気づかないだろうから。
097
神々しくも、いわいまつる御室の神は、はるかな年を経ているけれど、さらに緑の松に積もった白雪が清らかな白木綿をかける。
098
眺めやる私の袖にも冷たく雪は降る。雪あかりのために夕闇を知らないほど仄白い彼方の山の端に月が光る。
099
おはつせの峰の常盤木をたわませて吹く嵐のために、雪の降る山本は雲って見える。
100
峰の待つを吹く風は、白妙にたなびいている雲を雪とふきまぜて、空一面に雪が霧のようにかかっている。
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