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僅かなる庭の小草の白露を もとめて宿る秋の夜の月
​私のそまつな庵の小さな庭で、かわいらしく生えた草々は、葉の先に白露を結んでいる。
このきらめく一粒一粒に、今夜の宿を求めてやってきたのだろうか。
風流のわかる秋のお月さまは。
すてきな景色を発見して感動したときは、心をわかりあえる友人の訪れが恋しくなるものです。
西行のもとに訪れたのは、美しい名月のかわいらしい分身たちだったようです。
​まるで妖精が登場しそうな、かわいらしい和歌です。

行方なく月に心の澄み澄みて 果てはいかにか成らんとすらん
あてもなく、ただただ月の美しさゆえに、私の心は澄んでいきます。
もしもこのまま月の美しさにすべてをゆだねてしまったら、私の心はますます澄んでいき、透明になってしまった後はどうなってしまうのでしょうか。
瞑想に失敗したときに味わう幻覚体験のような、自我の崩壊の兆しのような、すこし怖い和歌です。
月に対する西行の執着、愛情よりも湿り気のある情念がにじみ出ています。
たったひとりの恋人に心酔するあまり、孤独となり、自分を見失ってしまうことに似ています。
それはとっても怖いことなのですが、美しい狂気だなあとも感じてしまいます。

うちつけにまた来ん秋の今宵まで 月ゆえ惜しくなる命かな
出家し俗世をはなれ、もう思い残すことのない身でしたが、はっとして思わず生きていたいと思ってしまいました。
来年の今夜、秋の、この一夜のために。
月のあなたの美しさゆえに。
熱烈に月を愛した西行らしい和歌です。
月と花をうたうとき、西行の視線は、まるで叶わぬ恋に懊悩する貴公子のようにナイーブな立場となり、いまにも身を投げてしまいそうな危うさが漂うことがあります。
私はこの和歌を、儚い命の持ち主である羽虫たちに託そうと思いました。
満月の夜、次の命のために蛹の背を割り空へ飛びたった羽虫たちは、役目を全うし終えた後、僅かに残された命が果てるまでの時間を、美しい月と対面し過ごすのです・・・。
夜があければ、私はもうこの世にはいないでしょう。
その為に生まれてきました。
けれども、なんて美しい夜と月のあなたなのでしょう。
約束はできませんが、どうかまた、来年もお会いしましょう。
きっと、今度こそ、
わたしは無数の羽ばたきの中から
​月のあなたを見つけます。

 

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