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執筆者の写真青木静香:Visual Artist

宮沢賢治「月天子」

更新日:2019年2月25日


宮沢賢治(1896-1933)は、大正時代の詩人。児童文学作家。農業学校教師。法華経を篤く信仰し、美しい詩世界を展開する。代表作は『春と修羅』『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』など。

「月天子」 

私はこどものときから

いろいろな雑誌や新聞で

幾つもの月の写真を見た

その表面はでこぼこの火口で覆われ

またそこに日が射しているのもはっきり見た

後そこが大へんつめたいこと

空気のないことなども習った

また私は三度かそれの蝕を見た

地球の影がそこに映って

滑り去るのをはっきり見た

次にはそれがたぶんは地球をはなれたもので

最後に稲作の気候のことで知り合いになった

盛岡測候所の私の友だちは

──ミリ径の小さな望遠鏡で

その天体を見せてくれた

またその軌道や運転が

簡単な公式に従うことを教えてくれた

しかもおお

わたくしがその天体を月天子と称しうやまうことに

遂に何等の障りもない

もしそれ人とは人のからだのことであると

そういふならば誤りであるように

さりとて人は

からだと心であるというならば

これも誤りであるように

さりとて人は心であるというならば

また誤りであるように


しかればわたくしが月を月天子と称するとも

これは単なる擬人でない


 

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