「月天子」
私はこどものときから
いろいろな雑誌や新聞で
幾つもの月の写真を見た
その表面はでこぼこの火口で覆われ
またそこに日が射しているのもはっきり見た
後そこが大へんつめたいこと
空気のないことなども習った
また私は三度かそれの蝕を見た
地球の影がそこに映って
滑り去るのをはっきり見た
次にはそれがたぶんは地球をはなれたもので
最後に稲作の気候のことで知り合いになった
盛岡測候所の私の友だちは
──ミリ径の小さな望遠鏡で
その天体を見せてくれた
またその軌道や運転が
簡単な公式に従うことを教えてくれた
しかもおお
わたくしがその天体を月天子と称しうやまうことに
遂に何等の障りもない
もしそれ人とは人のからだのことであると
そういふならば誤りであるように
さりとて人は
からだと心であるというならば
これも誤りであるように
さりとて人は心であるというならば
また誤りであるように
しかればわたくしが月を月天子と称するとも
これは単なる擬人でない
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